〝服従〟が〝思考停止〟となるとき
〝従順〟が良しとされる文化と、信仰の世界に再考を迫る、すぐれた洞察の書である。……中略……例えば母親から虐待されて育った子供は、自分を母親と同一視することによって、母親に対する不安を解消し、自分自身に対する屈辱感や劣等感を、さらに弱い立場の者を攻撃して、その不安を解消しようとするという。そしてこの機制は今日のグローバル化する時代の暴力に符号するともいう。というのもそれは〝愛と共感〟〝いたわり〟による連帯を土台とするのではなく、強権やまちがった権威、権力で人を脅し、操作をしようとするからである。この点現代社会は、人々に〝適応〟を強要することによって、安定を計ろうとするがそれは〝見せかけの適応、従順〟でるが故に、隠された病理である。その根底にはその人自身の自己否定、自己嫌悪、劣等感があるからである。長い間、日本の教会と信徒の心の病理に注目してきた評者にすれば〝従順〟を良しとしてきた日本人の信仰心には、多分に〝服従〟という美名のもとに〝思考停止〟という要素が入り込んでおり、この力は足並みのそろわないものを排除して〝均一化〟を求める日本の教会が思い浮かんでくる。
日本人の信仰を吟味する、再生の書と言ってよい好著である。(クリスチャン新聞2017.02.26号より)